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A Girl Meets A Boy

ミチコさんは71歳。

東京出身で若いときはエレベーターガールをやっていました。

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「20歳くらいの頃。東京駅のそばの昔の都庁ね。結婚したのは25歳。洗濯屋さんの奥さんが『見合いしてみない?』って。で、見合いして、この人ならいいかと。それでオーケーだったの。」

お相手のオトウサン(ご主人ですけど)は7つ年上。
山口県の漁師の家に生まれました。芸事をやったり草競馬の馬を飼ったり、裕福なお宅だったそうです。
しかし、オトウサンのご両親は共に重い病気にかかり、
その頃は高価だったペニシリンを買うために家財を売り払うことになりました。
そのために中学校にはほとんど通えなかったといいます。

それでオトウサンは船乗りになりました。
これでやっと人並みの生活が出来ると思った矢先、大きな台風が山口を直撃しました。
波に持ち上げられた船は船尾から岩に叩きつけられ座礁してしまいました。
周囲では40人くらいの船乗りが亡くなったということです。
オトウサンと仲間も2ヶ月ほど、座礁した船の中で生活していたそうです。

その後も日本中で様々な仕事をして生き抜いてきました。
新潟の飯場ではひどい労働環境に我慢できず、ストライキをやったりしたそうです。
結婚後も「飲み屋で喧嘩したら、相手が鉞(まさかり)出してきて驚いたよ」
そんな時代のことでした。

発症した時のことです。
ミチコさんはずいぶんさびしい思いをされたようです。

オトウサンが笑いながら教えてくれました。
「これ(ミチコさん)が、ふるまうの好きなんですよ。昔っからね。私がいない間にね、ふっと帰ってきたらね、寿司のケースが何ケースも置いてあるんですよ。昼間っから近所の連中が5、6人来てね、タバコかっぱかぱ吸うし、家の中で。お菓子はくれてやるし・・・」

「ふふふ。そのときは私、どこも行かなかったでしょ。ずっと家にいたからさ。たいくつだからね」とミチコさん。

「文句言ってやったんだ。家に来るやつらに。ここは遊び場じゃねーんだって。家に帰ると、すごくタバコ臭いんだよ。ひとりふたりじゃないんだから、何人も吸っているんだから。冗談じゃねえや、何だと思ってるんだって」

学校の用務の仕事についたオトウサンのお給料は、
ことごとく、お友達のタバコとおなかの中に消えていきました。

ミチコさんには、おばけの声が聞こえたといいます。
「トイレで『お前を殺す』とか『おまえはバカだ』って、グジグジと言ってんの。で、怖くてさあ、トイレに行けないよ。だってさあ、座ると言うんだもん・・・」
その後、ミチコさんは43歳の時、網膜色素変性症と診断され、徐々に視力を失いました。ミチコさんは、いまでも寂しくなるとデパートで人形を買ってもらったりするそうです。

2人の息子さんたちの子育て真っ最中にミチコさんの発病。
家事を1人で切り盛りしながら一家の大黒柱としてのご苦労は並大抵のものではなかったと想像します。
それを乗り切ってきた力強さの背景にはオトウサンの楽観的な性格があったにちがいありません。

ご長男の結婚式の写真を見せていただいたことがあります。
ガッチリした彫りの深い好男子のご長男の姿から、若い頃のオトウサンの凛々しい姿を想像してしまいました。
そしてお二人には、ご長男のご結婚が何よりもうれしいことだったようです。

最近も、ミチコさんは「元気だよ。悪いのはアタマだけ」と笑います。
オトウサンは「心配は、今のところはないけどね」と笑っています。

(写真は、齋藤陽道撮影のミチコさんと新澤)

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by harmony_setagaya | 2014-05-04 22:56 | お知らせ